李陵と蘇武と司馬遷

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 近所のローソンに切らした牛乳を買いに行って、コミック『史記』を見つけたので買った。

 お豆腐一丁とか食パン一袋など、コンビニ、重宝している。コンビニが出来た頃、日用品や食材をコンビニで買う人がいるんだろうかと思ったものだけど、スーパーより近くにあって、何か1つだけの買い物ができるコンビニを、最近はよく利用している。まさかまさか、老人にとって、コンビニがなくてはならない便利な店になるとは、5年前まで、想像もしていなかった。

 その上に、最近は、時々、コンビニで本も買う。

 話はもとに戻って、カルチャーセンターの講座『史記』では、岩波新書の『史記』を薦められたのだけど、書店で見つけることが出来ないし、買ったとしても読むかな?とも思うので、予習復習は、もっぱらネットのサイトとコミックとレンタルDVDの映画やドラマ。(笑)

 コミック『キングダム』を読み終えて、次はなんにしようと考えていたところなので、ちょうどよかった。何巻まで出ているのか知らなけれど、私が買ったのは、というより本のコーナーで売っていたのは、『李陵』の2巻。

 おお、ぱらぱらと読んで、いろんなことを思い出した。

 司馬遷が宮刑にあったのは覚えていたが、その原因がなんであったのかはすっかり忘れていた。匈奴との戦いに敗れ捕虜となった李陵を弁護して、皇帝の逆鱗に触れたのだった。そして、李陵と、同じく捕虜となった蘇武との生き方の違い。「そうだった、そうだった」と思い出した。

 史記には、まるで息遣いが聞こえてきそうな描写で、2000年前に生きた人たちが書き残されている。

 人間の書き残そうという執念は、どこからくるのだろうと思ってしまう。
 講師の先生も、「当時の識字率から言って、書いたからといって、ベストセラーになって、有名人&金持ちになるものでもない」と言っていた。

 比べるのもおこがましいしいことではあるけれど、私が、毎日、時間をかけてブログを書くのと、共通するところがあるのだろうか。そして、人の書いたものを読みたい&知りたいという欲求も、すごいものがある。人のブログを読んでいると、時間なんて、すぐに経ってしまうのだから。




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by miman57 | 2017-08-02 08:53 | 日々に想う | Comments(0)