2017年 04月 17日 ( 1 )

『勝手読み』

 囲碁クラブに復帰して、2度目の開催日。
 ちゃんと、行ってきましたよ。ヽ(^o^)丿

 個人でお会いすると、「戻っておいでよ」と熱烈アピールしてくださっていたのに、実際に囲碁クラブで顔を合わせたお爺さんたちは、「へ~~、来たの。まあ、打ってみるかね」というクールな対応で…。
 初めは戸惑っていた、お爺さんたち集団の中の紅一点的立場だったけど、今では、慣れたかな。

 慣れというか、場数を踏むというのは大切です。
 なんでも、ちょっと見の経験で判断するものではないなあ。
 慣れてきたからこそ見えてくるものがある。
 人間関係にも、囲碁にも。

 大切なこととはわかっているのだけど、覚えられない意識が強くて苦手な詰碁に、もう1度、真剣に取り組もうと思っている。

 どの詰碁の問題集にも、「考えるな。ぱっと見て、打つべきところを、見つけよう」と書いてある。
 そして、「わからない問題はさっさと飛ばして、次の問題に取り組もう。深く考えるよりも、数をこなせ」とも。

 それで詰碁というものはそういうものだと思っていたのだけど、今回復帰するにあたって詰碁の問題集をやっていて、「考えるな」というのは、記憶力のよい若い人向けのアドバイスではないかと、気づいた。

 歳を重ねると、経験を積み重ねてきているから、若い時よりも記憶力は落ちても直観力は勝っているというのは、大いなる勘違いだなあ。

 同年代の人の家族間トラブルやご近所トラブルの愚痴を聞いたり、はたまた社会情勢を批判したブログなど読んでいると、「それって、まったく、自分の頭の中の情報だけで組み立てた、ストーリーでしょう」と思うことが多い。

 囲碁の用語でいう『勝手読み』。
 自分がここに打ったら、相手は必ずここに打ち返してくると思い込むこと。
 
 歳をとると、この『勝手読み』のパターンがひどくなり、自分はこのように思っているはずだから、相手もあのように思っているはず」と、思いこむ。

 自分が思ったことについて、相手の反応のパターンは70億(世界の人口)通りもあるのだ。
 相手の反応を読み切るなんて、不可能と謙虚に思っていたほうが賢い。

 詰碁の話に戻るけれど、老いた私が、直観力で、問題を解くのは無理だ。
 その時その時の<勝手読みした直観力>が働いてしまう。

 詰碁の問題1つ1つを、「自分がここに打って、もし相手がここに打ち返して来たら、その後の展開はどうなるのだろう?」と、丁寧にやっていくしかない。

 老いた脳みそには、直観力を鍛えるよりも、相手の出方を見極めたうえでの(ここが肝心)、熟考した対応しかないように思う。

c0179853_818147.jpg
 
 
[PR]

by miman57 | 2017-04-17 08:20 | 囲碁日記 | Comments(0)