3月も半ばが近くなると、町内役員選出が話題となる。
私の住んでいる町は広くて、9組に分けられ、その下に班がいくつかある。班長は、ここに住みだした順番と決まっているので、問題はない。我が家も、何年か前に順番がきて、班長をした。
問題は、数年に1度の、班が寄せ集まった組の中から、それぞれ組長を頭とした、○○委員とか××委員とかの選出。「今年は、うちの班から、○○委員を出さなくちゃいけなくなったので」と、この時期になると、20所帯ほどの班内で、もめることになる。
この4月からは、スポーツ健康委員だそうだ。
普通、よっぽどの家庭事情を抱えた人をのぞいての、くじ引きとなる。誰も引き受け手がいないのだから、このくじ引きは、私はとてもいい方法だと思っていた。出来ない理由をなんだかんだと言っていても、くじ引きで決まってしまったら、誰もちゃんとこなせるのを、実際にずっと目にしてきたからだ。
しかし、今回のスポーツ健康委員は、くじ引きではなく話し合いで決めたいと書いた、班長さんからの回覧板が回ってきた。(今年度の班長さんは、若いご夫婦で、私たち年寄りと町内役員というものに対する考え方が違っていた。とても爽やかだっだ。そのことについて書きたいけれど、長くなるので割愛する)
何年か前も私たちの班から、組長を選出することになった。
「ミマンさん、誰か、いい人いないかしら?」と、他の班の人(民政委員さん)から相談を受けた。
「あら、前回も、くじ引だったわよ。くじ引きが、一番、公平でいいのじゃないの」
「ミマンさん、組長さんをくじ引きで選出するなんて、その班の恥じよ。きちんと、これはという人にお願いして、引き受けてもらわなくては。私が、必ず、適任者を説得するわ」
いくら、顔の広い民政委員さんでも、それは無理だろうと思っていた。しかし、いつの間にか、くじ引きではなく、きちんと話し合いで組長さんは決まったのだ。
民政委員さんは、私と同年齢の女性。同じように歳を重ね、同じように見かけはお婆ちゃんになりつつあるのに、くじ引きしか思いつかなかった私と、1軒1軒訊ねての話し合いを実行した彼女との差! 自分の身を恥じるとはこのことだと、今でも私は思っている。
ところで、その前の(9班あるから、その時から9年前となるが)組長選出は、くじ引きだった。我が家は引っ越してきて間もなかったこともあって、成り行きを見守ることしか出来なかった。
くじは、今の私達ご夫婦くらいの方にあたり、偶然のくじ引きにしては、なんとよい結果なのだろうと思った。しかし、その時のその奥さんの「どうして、こんな時に、うちがしなくちゃならないの!」と叫んだ声が、あまりにも悲痛だったので、今でも憶えている。ご主人が、癌で、入退院を繰り返されていたことを、新参者の私は知らなかった。
この2つの経験から、夫も私も元気なうちに、役員を自ら引き受けておこうと決めていた。
こういう役をうまく逃げられたと自慢できるのは、若いうちだ。歳をとると、そういう考え方をする人特有の顔つきになるし、付き合う人もそういう考え方をする人ばかりとなってしまう。歳をとってからでは、あまりにも情けない。あの民生委員さんの前で、私は堂々振舞える人間でいたい。
そして、今後もし、くじ引きで○○委員があたったとしても、「ミマンさんは、今までよくやってくれたのだし、ご家族が病気の今は、看病に専念されて…」と、誰からとなく言ってくれるような人間でもありたい。
孫たちも大きくなったしで、この4月からが、役員のちょうどいい引き受け時じゃないかなと思う。
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